カガミナオヤの口先百編

 ブログランキング・にほんブログ村へ  応援のクリックをお願い致します。
                               
(何となく、同じ問題だと思えたので勝手にシリーズ化してしまった。
 ただし、話題としては政治はかようなものかしらとは別である)


駒崎弘樹氏の公式サイトにあるBLOGに、
「「政治家がバカになる」仕組みを、そろそろやめよう」なる記事が
掲載されている(2016年12月29日付)。

簡単にまとめると、氏の記事はこの時期にそれぞれの地元で
行われる自治会の忘年会や消防団の年末集会、そこに
呼び出される政治家の姿に疑問を提示するものだ。

彼らは地元の有権者のメンツのために呼び出されるだけであり、
そこには政治課題を語りあおうという地元民側の姿勢は無いという。
また、この手の有権者は利益誘導を要求するのみであり、
この国をどうするか、などという視点からはほど遠い「消費者」として
振舞うことが指摘されている。

それよりも、政治家が本来時間を割くべき政策課題の研究や議論に、
政治家本人が集中できるようにするべきだ、というのが駒崎氏の主張である。
解決策は、我々有権者が握っています。すなわち、我々が国会議員に対し
「この新年会には、もう来なくて良い。
本を読んだり、
社会問題の現場に足を運んでほしい。それがあなたの本当の仕事だ」

と言ってあげるのです。
                                (改行は引用者による)

私は、氏の言葉には一定の説得力があると思う。
実際、自治会のイベントに足を運んでおられる政治家の方々を見て、
似たような印象を持ったこともある。
ただし、他方で「社会問題の現場に足を運んでほしい」という主張には
やや疑問を感じなくもない。病児保育問題に関わっておられる駒崎氏の
立場を見ると、「自治会ではなく私のところに来て欲しい」という主張にも
見えてしまうからだ。しかしそれは、私が穿ったものの見方をし過ぎている
のだと自覚してもいるのでお許し戴きたい



  ◇◇◇

さて他方、駒崎氏へのリアクションとして
早川忠孝氏のブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」」
「政治家がバカになる仕組み?ちょっと意地悪ですね」という記事が
掲載されている(2016年12月30日付)。

早川氏は駒崎氏の主張を
「選挙民の啓蒙のためのアジテーションとしては秀逸の類」
と認めながらも、しかし
「新年会や忘年会に一生懸命顔を出している国会議員たちを相当軽んじている」
と反論されている。纏めるよりも引用した方が
分かり易い文章だと感じたので、以下に引用させて戴く。

ご自分で選挙をやったことがない人は、
選挙に出ている人たちの苦労や日頃の精進にまったく理解がないことが分る。

まあ、地元の有権者の方々が地元への利益誘導ばかり考えたり、
自分たちの個人的利益ばかり追求するようになると問題だが、
そういうことは想像している以上に少ない。

デスクワークばかりしている役所の人よりも、
一般の方々の声にしっかり耳を傾ける国会議員たち、
現場の声をよく聞く国会議員たちの方が中身がよく分かり、
実感を持って語ることが出来るようになることが多い。
特定の支持団体とばかり付き合っていたり、
ごく少数の地域ボスとの関係を大事にする人よりも、
様々な地域や団体の新年会や忘年会に出席して末端の声を
吸い上げるべく努力している人の方が将来的には
遥かに役に立つ存在になる可能性がある。

駒崎さんの論稿にそれなりの正しさがあることは認めるが、
自分の顔を売ろうとしてあちこちの新年会や忘年会を
駆けずり回っている人たちの意気を阻喪させるようなことは止めた方がいい。

無駄なことのように思えるかも知れないが、
多くの人と会えば会うほど議員の方々は学ぶことは多いはずだ。

地元の方々から支持を得られないようでは、国会議員は大した仕事は出来ない。

本を読んで足りるのは、多分、学者や研究者の世界。
国会議員は、足を使って様々なことを学ぶものである。

地方議員の方々も基本的には同じだと思う。

さて、私は早川氏の主張にも正しさはあると思う。しかし、
「ご自分で選挙をやったことがない人は、
選挙に出ている人たちの苦労や日頃の精進にまったく理解がないことが分る。」

というお言葉には大きな疑問を抱く。
これはつまり、「素人は黙ってろ」という理屈であり、
「やったことのない奴に本当のことなど分かるはずはない」という
論法に見えるからである。これがまかり通るなら健全な議論は成立しない

そしてもう一つ、この反論は国会議員たちが
一般の方々の声にしっかり耳を傾け」、また
現場の声をよく聞く」ことが前提になっており、更に
特定の支持団体とばかり付き合っていたり、
ごく少数の地域ボスとの関係を大事にする人よりも、
様々な地域や団体の新年会や忘年会に出席して末端の声を
吸い上げるべく努力している」ことまでもが前提になっている。
駒崎氏の主張がやや一方的であるとは私も思うが、
それに対する反論としてはあまり十分ではないだろう。

恐らく早川氏としては「このような志でもって我々は活動しており、
その交流をむやみに否定するようなことは主張には同意しない」と
言いたいのであろうし、その意味ではそもそも両者は
事実を争っているのではない

そして元より、駒崎氏の主張は国会議員へ向けた批判ではなく、
有権者への批判である。しかし、それだけに早川氏の反論に私は
危うさを感じる。

何故、早川氏は「一般の方々の声を聞くこと」と
「自分の顔を売ろうとしてあちこちの新年会や忘年会を
駆けずり回っている」ことが結ぶ付くことを自明であるかの
如くに語るのだろうか

顔を売ろうとして時間を空費している、という批判に対して
この答は不十分だ。
しかもそれでもって、自分たちが「実感を持って」問題を
語ることができることが多い、と胸を張って言えるのは何故だろうか
駒崎氏の批判は、本当にそうか、と言っているのだ。

早川氏は、あまりに無頓着かつ無自覚に、
「そんな問題はない、私たちはちゃんとやっている」と断じている

正直に言って、これではただの独断であり、仮にも
一国の政治家たる方の言葉はお粗末である。
この限りで、私は早川氏の回答を肯定的には評価しない。


   ◇◇◇

ただし、これだけは述べておこう。
私は早川氏が示された心意気、志と呼ぶべきものは全く正しいと思う
それが十分に達成されているか否かは別として、
早川氏の回答は政治家が如何にあろうとしているか、
その一つの理想を示している。
そしてその姿勢自体は、決して批判されるべきではない。
少なくとも私はそれを好ましいと感じるし、
それだけに、その理性が既に達成できてしまっているかのような
早川氏の言説に反感を覚えるのだろう。

早川氏には、なお自問自答しつつあるべき姿を
探求して戴ければと思う。謙虚、という言葉は好きではないが、
「これで十分だ」と思った瞬間に、
それ以上の成長は望めなくなってしまうものだろう。

そして他方、我々有権者もまた同様に、
「これで十分だ」と考えてはならない。その思考は、
政治家の成長、ひいては政治そのものの成長を
止めてしまうのかも知れない。


それ故に、もともとの駒崎氏の主張が有権者に向けられたもの
だったことを踏まえて、こんな風にまとめておこう。
少なくとも、地域との繋がりや地元民との交流の中で、
大きな問題を捉え、国をよくしようと懸命に働いている
政治家が存在する
。たとえそれが理想論に過ぎないとしても、
そのようにあるべきと考え、行動している政治家がいる。
そのことを、まずは我々も理想と知りつつも受け容れねばならない。
それこそが、あるべき政治の姿ではないか。

そして、そんな理想的政治家に相応しい有権者として、我々は
振舞うことができているだろうか
「我々はよりよき有権者であるべき」だ
という主張を、駒崎氏の主張、そしてそれに応答する政治家としての
早川氏の熱意が行き交う中で、より切実なものとして我々は
受け取るべきではないだろうか


おそらく、駒崎氏と早川氏、両者の問題意識は
正当なものとして受け取られるべきだと私は思う。
そして、如何にすればよりよき政治は可能となるか、
ということを、我々は問い続けねばならないのだ。


                             
最後までお読み戴き有難うございます。共感を戴ける方は、
是非ランキングバナーのクリックをお願い致します。

 
 ブログランキング・にほんブログ村へ 

 ブログランキング・にほんブログ村へ 応援のクリックをお願い致します。
                            

「戦後レジーム」からの脱却を諦めたのか」。
こんな見出しを月刊日本が打った。
安倍首相の真珠湾訪問をどう見るか」という記事の冒頭である。

どうも、対米従属として安倍首相の真珠湾訪問を否定的に捉える
論調のようだ。戦没者の慰霊(少なくとも公にはそうなっているはずである
が対米従属だと言うのは、悪意のある解釈だと私は思うが、
それは措いておこう。

上記の記事は、『日本会議をめぐる四つの対話』からの引用へと進む。
どうも真珠湾訪問を機会に
「対米従属」を論じ、更には関係書籍の宣伝をしようということだったようだ。
別に、それ自体は構わない。議論にはそれに適した時節というものが
あるのだろうから、それを捉えてさえいれば
捉えていないし、主張内容も無理筋だと私は思うが)。 

以下、同記事が紹介する『日本会議をめぐる四つの対話』からの
孫引きである。具体的には、白井聡氏の言葉の引用となる。

日本会議が現行憲法を批判するのは、対米従属についてきちんと考えずに、
感情ベースでのみ捉えているからじゃないかと思います。
彼らがなぜ憲法のような抽象物をあれほど憎めるのだろうかと考えた時、
あれは反米感情の代償行為だと思うんです。つまり、戦後憲法がけしからんと
言うのなら、本来であれば憲法を作ったアメリカを批判すべきですが、
それができないものだから、アメリカを憎む代わりに
アメリカの置き土産を憎んでいるんですよ。
これは、日本会議がリベラルなものに対してほとんど生理的なまでに嫌悪感を
持っていることについても言えると思います。なぜ日本が一応自由民主主義を
公的価値とする社会になったかと言えば、要はGHQがそのように改革をしたからです。
だから、リベラルな権利要求を批判するなら、そのような社会作りを強制したアメリカに
従属していていいはずがない。
だけど、彼らには対米従属という問題系は全然ありませんよね。


[議論が一方的ではないか?]

何故か議論が日本会議批判に移っていることは、ここでは問題にしない。
私が不思議に思うことは、まず一つには、「憎む」とか「嫌悪感」という
感情論としてある種の主張が片付けられようとしている
ことだ。
これははっきり言って、議論として失格である。

「結局は、嫌いだからそんなこと言うんでしょ?」がまかり通るなら、
議論の余地など残らないからである。相手は非理性的だから、
言うことを聞く必要などない、と一方的に断じるにも等しい。
あまりに身勝手かつ独善的な勝利宣言ではないか。
実際、この手の主張が今の日本には蔓延していると私は感じている。
 この意味でまっとうな言論空間など、殆ど期待できないのではないかと感じるほどだ。
 但し、そもそも議論などする気がない、という可能性については否定しない

しかも、対米従属そのものは議論の前提となっている印象を受ける。
これは公正ではないと私は思う。
私は、日本がアメリカに対して従属していない、と主張するつもりはない。
 しかしこれは、従属している、と主張する人々が証明するベき事柄であろう

なお、私には日本会議を擁護する意図はない。
単に、この日本会議批判はあまり公正ではない、
と言いたいだけである。


[自由民主主義とはアメリカ的なのか?]

また、白井氏の言葉によれば「憲法は憎いが、
しかし憲法を作ったアメリカを批判できないから、その代わりに憲法を憎む」
という構造があるという。これは循環しており、これはどこがスタートか分かり辛い
ので自分なりに整理してみよう。

恐らく、氏は「アメリカの代わりに憲法を憎む」がスタートだと
言いたいのではないかと思う。だとすると、同種の事柄として
理解されている「リベラルな権利要求への批判」もアメリカへの憎しみの
代償行為ということになるだろう。

つまり、「アメリカ的なもの」への憎しみを行動原理とするにも拘わらず、
外交的には対米従属だという矛盾を氏は指摘しているのであろう。
しかしここに、私の第二の疑問がある。
それは「自由民主主義を日本が公的価値としている」という事実主張、
そしてそれを作ったのがアメリカ(あるいはGHQ)である、という事実主張である。
これは本当なのだろうか。


前置きが長くなった。私はこのことを「民主主義とは何か」という論点から
問い直したいと思っている。それも、それなりの時間と記事の回数をかけて。
もう少し言えば、「民主主義」という言葉があまりに便利に、しかも各々の立場に
おいて身勝手に使われている現状を私は嘆いている。
今回はその契機として、「自由民主主義」なるものを見て行こう。

最初に確認しておかねばならないことは、「自由民主主義」という言葉が
自由主義liberalismと民主主義democratismのハイブリッド、あるいは
自由主義liberalismと民主制democracyのハイブリッドである、という点である。

私が関心を持つ本丸はむしろdemocratismとdemocracyの方なのだが、
今回は民主制という政治形態(普通選挙による議会政治)と、
それを志向する主張としての民主主義、というくらいで留めておこう。
いずれ、詳しく調べて記事を書きたいと思う。

さて、もう一方の自由主義liberalismについてだが、
この「自由主義」とは決して一義的な言葉ではなく、様々な文脈で
異なった意味において語られる。このことを踏まえずに自由主義を
論じるのは不適切であろう。しかしこの点が、私の力不足もあって
よく分からないのである。

「リベラルな権利要求」とは、何を意味するのか。推測に過ぎないが、
恐らくは「社会自由主義social liberalism」的な権利要求、ということ
なのだろう。しかし社会自由主義とはGHQが日本にもたらしたものなのか。
取り敢えず、トルーマン時代のアメリカの経済政策が
古典的自由主義からの脱却を目指したフランクリン・ルーズベルトの
ニューディールを受け継いでいたことは間違いないし、その点では
間違いではないのかも知れない。
しかし、これが現代日本の「リベラル」と結び付くのかと言えば、
もう少し慎重な議論が必要ではないか。

これらの論点を押さえていかなければ、本来は
自由主義(それも、ある特定の自由主義)も民主主義(これも、ある特定の民主主義)も
語ることができないはずなのである。
しかし、その議論は放り出されている。そんな風に私は感じる。


今回の記事は中途半端になってしまったが、
取り合えず問題意識を示したところで、次回への準備としたい。

ただ一つ言いたいのは、こうした「○○主義」なるものが、
あまりに無定義に氾濫している現状は是正されねばならない、
ということである。

錦の御旗だけ掲げても、正しさは証明されないのだから。
そして勿論、これらを論じ尽した先にこそ
「戦後レジーム」というものも見えてくるはずなのである。


                            
最後までお読み戴き有難うございます。共感を戴ける方は、
是非ランキングバナーのクリックをお願い致します。

 ブログランキング・にほんブログ村へ 


 ブログランキング・にほんブログ村へ 応援のクリックをお願い致します。
                            
*2017年1月2日補足:資料の扱いに誤りが判明したため、
 外国人犯罪は増えているのか?④にて補足と訂正を行い、
 本記事にも修正を加えている。お詫び申し上げたい。


(やっぱり、まっとうに資料を使いましょう、という話)

外国人犯罪は増えているのか? (2016年12月23日)
を書いてから、ふと、他にも同じようなことを
やっている人がいるんじゃないか、と思い立って探してみた。
結論から言うと、ある。
tacodayoのブログ」様にて、12月25日付けで
『脱愛国カルトのすすめ』 という嘘とデマで塗り固めた反日ブログ
なる記事があった。タイトルからして中立な記事ではないようにも見えるが、
それは本記事の中立性とは関係ない。 
「tacodayoのブログ」自体もカテゴリランキングの上位にある
ブログなので、やはりご存知の方はおられることだろう。 
*恐らく管理人のお名前もtacodayo氏なのだろうが、
 確認できなかったので今回はブログ名を人称的に用いる

先に断っておく。先回の記事では明言を避けたが、
この「外国人犯罪」という問題は、「在日韓国人・朝鮮人犯罪」という
問題と表裏一体...というか、この問題を取り上げる人たちにとっては
両者が同一視される傾向にあるということだ。
従って、実際には「外国人犯罪が増えている」という主張は
「在日韓国人・朝鮮人犯罪が増えている」という主張とほぼ同じもの
として取り扱われている。
私個人としては、彼らの主張がまっとうかどうかの方に関心があるだけなので、
別に取り立てて在日韓国人・朝鮮人の方々を問題にする意図はないのだが、
文脈上、どうしてもそういう話になってしまう。ご理解を賜わりたい次第である。


さて、結論も先に示しておこう。私が確認できたことは、

 ①外国人犯罪が増えているという事実はないが、
 ②外国人犯罪が多い、という事実はある

というものである。また、基本的には
「外国人犯罪」は「在日韓国人・朝鮮人犯罪」と読み替えて戴いて結構である。

順に見て行こう。
「tacodayoのブログ」の上記記事では、次のように言われている。

確かに逮捕者(又は検挙者)数は、彼と彼の取り巻きの不逞朝鮮人の言うとおり、
増加の一途を辿っていた平成16年?以降からは減少していますが、
以下の図を見れば一目瞭然
image
検挙率が下がっているのだから、逮捕者が減るのは当たり前
むしろ、この検挙率の急激な減少を見れば
外国人犯罪は益々激増していることがわかりますね。
(文字のカラーリングは原文通りだが、改行は執筆者による。)


引用中の図も、同ブログに掲載されているものを拝借した。
この記事にはこの後に一段落おいて「と言うのは、嘘で」と断りが
入るのだが、恐らくここは「嘘」として書かれているのではないだろう
と判断して先に進む。

一言で述べよう。検挙率の減少は、外国人犯罪の増加の証拠にはならない。 
当たり前である。 増えたのは日本人犯罪かも知れないのだから。

そしてもう一つ。引用中の図が2001年までの資料であることは、
明らかに問題である。現在の状況を示していないばかりか、
率直に言ってこれは執筆者にとって最も都合のいい部分を
恣意的に抜き出したとしか思えないものである。

平成27年の警察白書を見れば、その問題は明らかである。
平成26年までの検挙率の推移を示す図を引用しよう。

26

 
2001年とは、上記でいう平成13年。その後、検挙率は30%程まで
回復して横ばいであり、少なくともこの10年近くは概ね一定である。
この事実を無視して15年も前の
最も検挙率が低かった年度を証拠として提示するだけでも
公正とは到底言えない態度だが、しかもそれを図からは読み取れない
外国人犯罪の増加の証拠と断じることは看過できない

もしその主張を通そうと思えば、少なくとも2001年時点での
「外国人犯罪の認知数」のデータが必要である。
しかも、そのデータがあったとしても現在進行形で外国人犯罪が増えていること
は全く主張できない
のである。
*但し資料を見る限り、海外からの入国者が2000年頃に急速に
 増えていたことは事実である。外国人犯罪も同様に増えていたことは
 恐らく事実であろうと推測できる。勿論、だとしてもそれは平成13年の問題であり、
 平成29年を間近に控えた我々の問題だとは限らない

従って、私は次のように結論する。
ことこの論点に限って、「tacodayoのブログ」の記述は
不正確である
。もう少しはっきり言えば、
お話にならないレベルで資料を悪用した、
恣意的かつ非学問的な主張である
(と言われても仕方ないくらい酷い)。

勿論、私は「tacodayoのブログ」の主張が虚偽である、
と言いたい訳ではない。この主張に限って言えば、
彼のブログ自身が提示した証拠(とされたもの)は何らその
主張の裏付けになっていない、と言いたいだけである。
この点はご理解を賜りたい。
敵対したいのではなく、検証したいのである。
                                    

さてしかし、やはりこれだけでは終わりにできないので
もう少し続けよう。「tacodayoのブログ」の上記記事では、
他にも幾つかの情報が示されていた。
孫引きになってしまうが、幾つか取り上げよう。

一つは、反日ハンター JUGEM猟友会より、
衆議院大阪14区民の良識の勝利!警視庁、初めて「在日」外国人犯罪の公的統計資料を公開す。
という記事。
この記事によると、日本人(勿論、在日日本人)と在日韓国・朝鮮人の
人口と、それぞれの刑法犯・特別法犯の検挙人員数の比を産出すると
平成26年時点で訳2.4倍、犯罪率(単位人口当たりの検挙人員の割合)が
高いという。

また、より詳細なデータとして、「チーム関西」の関係サイト
で投稿されたデータが引かれている。
これは平成24年度のデータを元にした産出だが、それによると
検挙数ベースで在日朝鮮人の犯罪率は日本人に対して

全体で     2.5倍 
・凶悪犯罪全体で 2.6倍 ・強盗      3.7倍・ 強姦      1.7倍 
・粗暴犯全体で  3.9倍 ・暴行      3.2倍・ 傷害      4.5倍
・脅迫      5.2倍 ・恐喝      4.7倍 ・公務執行妨害  5.4倍
・風営適正化法  7.7倍 ・売春防止法   5.0倍 ・麻薬等取締り法 4.2倍
・覚醒剤取締り法 4.2倍

だということだ。全体で2.5倍、というわりに細目が軒並みそれ以上の数値なのが
気にかかる。ひょっとしたら恣意的な選択が行われている可能性もあるが、
確認には時間がかかり過ぎるので一旦信用しておこう。

更に古くなるが、
日本における在日定住外国人による犯罪…国籍別、犯罪種別の人口あたり犯罪検挙率
(平成18年の国籍別犯罪比率の計算から)
なるページも参照されていた。もしかすると、この手の記事ではお決まりの資料なの
かも知れないが、それによるとやはり検挙数ベースで

全体で     2.9倍
・凶悪犯罪全体で 3.2倍 ・殺人      2.8倍 ・強盗      4.5倍 
・放火      1.2倍 ・強姦      3.0倍
・粗暴犯全体で  4.5倍 ・暴行      4.1倍 ・恐喝      3.6倍
・覚醒剤取締り法 5.0倍

とのこと。上のものと項目が同じでないことが若干気になるが、やはりこちらでの検証は行っていない。

全体だけを見るとH18:2.9倍→H24:2.5倍→H26:2.4倍ということになるから、
徐々に減少する傾向にはあるが、割合としては依然として多いと言えるだろうか。
*訂正:訂正後の数値を比較すると、この倍率の変化は、2,9倍→2.5倍→3.0倍となる。
 但し、母数としての在日韓国人・朝鮮人の数が減少していることから、一概に比較できないことを
 断っておきたい。なお、この背景には外国人登録法の廃止があるものと思われるが、ここでは
 扱うことができない。



念のため、最低限の独自調査を加えておこう。
2015年12月現在の日本在住の日本人の人口は125,309,208人(総務省統計局より)。
在日韓国人・朝鮮人の人口は519,134+33,939=553,173人(法務省の在留外国人統計より)。
こちらは総在留外国人数に準拠している。
*訂正:ここに示した在日韓国人・朝鮮人の数値が誤っていることが後日判明した。
 総在留外国人には短期滞在、中長期滞在の人数が含まれており、本記事で「在日外国人」
 として扱う対象に合致しない。435,736人と訂正させて戴きたい。ご迷惑をお詫びする次第である)



さて、続いて先回も参照した警察庁発表の統計、「平成26、27年の犯罪情勢」と
平成27年の犯罪」によると、

日本人による国内の犯罪(刑法犯)は
 検挙数ベースで341,467件
 検挙人員ベースで228,309人である。
(全体の数から外国人の数を引いた)

対して、在日韓国人・朝鮮人の数値は
 検挙数ベースで3,996-543=3,453件
 検挙人員ベースで2,765-444=2,321人となる。
(全体から来日分を引いた)

これを割ると、
日本人:検挙数/人口=0.002725...訳0.27%
   検挙人員/人口=0.001821...訳0.18%

在日韓国人・朝鮮人:検挙数/人口=0.006242...訳0.62%
        検挙人員/人口=0.004195...訳0.42%

比にすると、在日韓国人・朝鮮人の方々は検挙数にして訳2.3倍、
検挙人員にしても訳2.3倍の犯罪率だという結果が出る

これはH27の数字であるから、一応、H26と釣り合いの取れた結果と言えそうだ。
*訂正:在日韓国人・朝鮮人の人数を435,736人とすると、このパーセンテージは
 0.80%、0.53%、日本人と比較した倍率は訳3.0倍と訳2.9倍になる。こちらも
 
お詫びして訂正申し上げる

先回の記事では、4%台という外国人犯罪が検挙数に占める割合が
大きいのか小さいのかはなお確認が必要だ、と本ブログは述べていた。
暫定的には、結論はこうなる。

在日韓国人・朝鮮人の犯罪率は日本人と比較して高く
それ故に
検挙数に占める割合も高い

つまり、「外国人犯罪が増加しているという事実はないが、
こと在日韓国人・朝鮮人と区切って言えば、「外国人犯罪の件数は多い」。

これが冒頭にも述べた、本記事の結論である。

                                    

但し、申し添えておこう。本記事の意図は、統計に基づく事実の確認であり、
それ以外にはない。 思うに、「外国人犯罪は増加などしていない」という主張も、
「外国人犯罪は増加している」という主張も、その裏に他の主張を含み過ぎでは
ないだろうか。
本記事が提示した数字は、ただ「在日韓国人・朝鮮人の犯罪率は高い」という
客観的な(できる限りそうしたつもりである) 事実である。
これが「在日韓国人・朝鮮人はモラルが低い」とか、
「在日韓国人・朝鮮人は日本の敵だ」とか、そうした主張と結び付くかと言えば、
それは
更にまた別の問題なのである

あまりよい例でないことを承知で言うが、そうした主張は
「日本国はかつて戦争を行い、その最中、日本国の兵卒たちは
多くの人命を奪った。故に日本人は残虐だ」という主張と同じくらい
一方的である。
要するに、事情というものを考慮せねばならない、ということだ。
*但し、私は心ならずも犯罪者となった在日韓国人・朝鮮人の方々には、
 弁護されるべき正当な理由があると言いたいのではない。「あるかも知れない」から、
 ちゃんと別に考えなければならない、と言うのである。非難するとしてもその後だ

「tacodayoのブログ」も、「脱「愛国カルト」のススメ」も、
結論を急ぎ過ぎていると私は思う。あるいは、結論ありきの議論とも
思えるほどだ。資料を公平に使いもせず、恣意的な主張だけを述べる。
それでは、まっとうな言論空間が形成されるはずもない。


私は口先で語るのみだが、語り合うに相応しい議論に出会いたいものである。




*本記事が引用した「tacodayoのブログ」の記事では、
 この他に関東大震災時の出来事について多数言及があった。
 本来ならばそちらにも触れた方がより好ましかったとは思うが、
 筆者の力量不足もあり語ることができなかった。
 しかし重ねて申し上げておきたいのは、私には「tacodayoのブログ」の
 言説を虚偽だと主張する意図はなく、敵対する意図もないということである。
 触れることができなかったのは黙殺でも拒否でもなく、ただひたすらに
 力量の問題であることを言い訳がましくも述べておきたい。

 
                            
最後までお読み戴き有難うございます。共感を戴ける方は、
是非ランキングバナーのクリックをお願い致します。

 
ブログランキング・にほんブログ村へ

このページのトップヘ