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本日2016年12月22日、
沖縄・北部訓練場の一部が返還された。

Wikipediaによると元々の面積は78.33㎢であり、
その内の40.1㎢が返還されたと
琉球新報の記事では伝えられている。
(因みに、こちらの記事では北部訓練場は75.13㎢となっていた。
 Wikipediaとの数字のズレが気になるが、何か事情があるのだろう)

さて、NHK NEWS WEBの記事によると、
安倍首相は次のようにコメントしている。
「北部訓練場の4000ヘクタールの返還は
20年越しの課題であった。今回の返還は、基地負担の軽減にとどまらず、
跡地利用を通じた地域振興にも大きく寄与することになる」
もう一方、ケネディ駐日大使もこの点は同じ考えのようだ。
「日本に対する安全保障上のコミットメントを維持しながら、
沖縄県民の影響軽減への継続的なコミットメントを示すものだ」

産経ニュース
によると、
返還された土地はユネスコの世界自然遺産に
登録することを目指し、観光客の誘致を図るという。
どれくらいの収益が見込めるかはともかく、
地域振興が進むとすれば良い話だと言ってよかろう。
仮に残念ながら振興が進まなかったとしても、
ともかく土地の返還はなされたわけだからなお前進だと
言うことはできる。

しかし他方、いわゆる基地負担の軽減、という課題を見れば、
恐らく期待されたほどの効果は無い。これは私見に過ぎないが、
自信を持っているところでもある。理由は簡単だ。
「何を以て負担が軽減されたと言うのか」という基準が、
共有されることもなく、また関係者達も共有する気がない
(ように見える)からだ。
本来なら一番初めに決まっていなければならない
はずの目標達成の目安がないのだから、「大きな成果だ」と言うことも、
「さしたる成果などない」と主張することも極めて容易なのである。
つまり、もう少し皮肉を交えて言えば
「基地負担軽減という効果は無いと主張されることは間違いない」ということだ。

例えば、沖縄タイムスプラスの記事を見てみよう。
「返還自体は歓迎だ。だが、県民の不安を払拭できない状況の下、
どんな思いでお祝いをするのか」。県幹部は不快感を示した。
 翁長知事はオスプレイ墜落事故とその後の飛行再開に抗議し、
返還式典の自粛を政府に要請した。だが、その声は聞き入れられなかった。
 別の幹部は「県民が上空を飛ぶオスプレイにどれだけ不安を持っているか、
政府は分かっていない」と指摘。知事の抗議を受け流し、祝賀ムードの
政府の姿勢こそ「県と国の大きなギャップの象徴だ」と訴えた。
 その上で、「ギャップのはざまで苦しむのはいつも県民だ。
日米安保の応分負担とは一体何なのか」と吐き捨てた。
これは、恐らく今回の件では典型的な
「返還を評価しない見解」である。一言にすれば、
「土地が帰って来てもオスプレイが飛んでいるなら意味はない」
というところだろうか。主張そのものは分からないでもないが、
私には何故こんな言葉が出てくるのか理解できない。

無遠慮な言い方をすれば、私の意見はこうだ。
「そもそも、オスプレイを飛ばさないために返還が為されたわけではない」
先日のオスプレイ不時着水(あるいは他の見解によれば墜落)が
尾を引いているとしても、土地が返還されようがされまいが
現状、オスプレイは飛ぶのである。故意に議論を混乱させているのだとしたら、
そのような行為は慎まれるべきである。

琉球新報を始め幾つもの記事が
翁長沖縄県知事の返還式典欠席と、オスプレイ不時着水事故への
抗議集会出席を伝えている。これも徒な論点の混同であり、
無意味な対立を強調する行為に見える。故意だとすれば、
許されざることだと私は述べたい。
まずはこの成果を共に喜び、
その上でオスプレイの飛行停止を改めて求める。
そういう仕方こそが本道ではないのだろうか。

北部訓練場の一部返還という成果を巡って、
日本国と沖縄県
(あるいは少なくとも、日本国首相と沖縄県知事)、
双方の評価はすれ違っている。 
しかし見当違いの論点で成果を否定するのではなく、
まずは成果を成果として認めることから始めるべきだ。
それは決して、例えばオスプレイを容認することと同じではない。

その上で、「沖縄県の基地負担の軽減とは何か」
「基地負担軽減の具体的目標を何処に置くか」。 
無意味な論点の混乱を避けるためにも、こうした基準設定を
改めて行い、それを県は国と共有しなければならないだろう。
これをはっきりさせずに「基地負担がある」と主張することも、
場合によっては筋違いである。

勿論、この共有そのものに困難があることは承知している。
国と県のギャップとは正にそのことであろう。 
そしてまた他方、まだまだ顧みられるべき沖縄の思いがある、
ということも否定したいとは思わない。

しかし、ギャップがあるから駄目だ、と言っても何も始まらないのに、
とも遠くから大阪府民たる私は思うのである。 

                            
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